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2014年08月25日

日野・万願寺

ひの観光スポット

記者名:山田

イベント種別:その他対象者:指定なし

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日野市日野本町、日野図書館や中央福祉センター、中央公民館がある地域に普門寺というお寺があります。
今は火事によって本堂は土台だけになってしまいましたが、境内に大きな石が奉ってあります。
由来は
1664年、時の住職が夢枕に「高倉の北の1つの塚に大石があり、そこは北条氏が八幡宮を勧請、宝剣1振、矢2筋を納めたが、北条氏の没落後は知る人もいなく、農夫がその地をけがしてならないので、当山に移し奉れ」とお告げがあった。
住職はその塚をおとずれ、大石を移し、八幡大菩薩として境内に奉ったとある。
宝剣や矢は朽ち果てていたそうです。

さてここで出てくる「高倉の北の1つの塚」とは一体どこのことなのでしょうか?
私が考えてみたところ3つの候補が挙げられました。
1、八王子市には高倉町という地名があり、そこのどこかではないか?
2、府中市の今の分倍河原駅周辺には「高倉古墳群」があり、そこのどこか  ではないか?
3、昔、日野台地は「高倉原」とか「高倉野」とか言われていました。
  日野台地の北側と言えば「七つ塚」今の七つ塚ファーマーズセンター周辺の一つの塚ではいか?
答えはわかりません。
みなさんが、実際に見たり、資料館で調べてたりして、このミステリーを解き明かしてみるのも素敵なことではないかと思います。
是非、行ってみてください。

この記事は以前に書いたものですが、後日いろいろな事がわかりましたので、追加してお話をさせていただきます。

日野市内には古代からの遺跡が多く、現在も市内各地で盛んに調査がおこなわれています。
発掘調査によって出土した石器や土器などの遺物は、そのほとんどが市の教育委員会や遺跡調査会によって大切に保存されいるということですが、以前は個人収集家もいたということです。

明治から大正にかけて活躍した小説家「江見水蔭」もそうした収集家の一人であった。
水蔭のコレクションの中に、市内の七つ塚古墳から採集したと思われる2つの鏃(やじり)もふくまれていたそうです。

明治39年水蔭は、秩父の現長瀞総合博物館へ銅鏃を、更に大正5年には京都大学へ「武蔵国日野在クヨウ出土」とされる石鏃を寄付しているということが分かりました。

普門寺の大石もきっとこの地から運ばれた物だと思います。

記者名:山田

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